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参考文献

・『浄土真宗聖典(註釈版)』 本願寺出版
・『真宗辞典』 法蔵館
・『新・仏教辞典』 中村元監修 誠信書房
・『教行信証を学ぶ』 村上速水著 永田文昌堂
・『三経和讃講話』 金子大栄著 弥生書房
・『親鸞和讃集』 名畑應順校正 岩波文庫

初句検索

(あ)
・阿闍世王は瞋怒して:75・阿弥陀仏の御名をきき:30・阿弥陀如来来化して:96・安楽国をねがふひと:24・安楽国土の荘厳は:28・安楽声聞菩薩衆:22・安楽浄土にいたるひと:20・安楽浄土をねがひつつ:67
・安楽仏土の依正は:27・安楽無量の大菩薩:17
(い)
・一々のはなのなかよりは:42・一々のはなのなかよりは:43・已今当の往生は:29・一代諸教の信よりも:70・一切の功徳にすぐれたる:98
(お)
・恩徳広大釈迦如来:73
(か)
・観音勢至もろともに:19・果遂の願によりてこそ:65・願力不思議の信心は:107
(き)
・耆婆月光ねんごろに:76・耆婆大臣おさへてぞ:77・教主世尊にまうさしむ:112
(く)
・久遠実成阿弥陀仏:88
(け)
・解脱の光輪きはもなし:5・顔容端正たぐひなし:23
(こ)
・光雲無礙如虚空:6・恒沙塵数の如来は:83・光明月日に勝過して:15・光明てらしてたえざれば:12・五濁悪時悪世界:86・子の母をおもふがごとくにて:115
(さ)
・山家の伝教大師は:97・三途苦難ながくとぢ:46
(し)
・慈光はるかにかぶらしめ:10・至心回向欲生と:64・至心信楽欲生と:58・至心発願欲生と:61・七宝講堂道場樹:35・七宝樹林くににみつ:40・七宝の宝池いさぎよく:45・十方恒沙の諸仏は:84・十方三世の無量慧:47・十方衆生のためにとて:18・十方微塵世界の:82・十方諸有の衆生は:25・十方の無量菩薩衆:34・釈迦韋提方便して:80・衆生有礙のさとりにて:95・十二の如来あひつぎて:113・清浄光明ならびなし:7・定散自力の称名は:66・定散諸機各別の:81・聖道権仮の方便に:72・清風宝樹をふくときは:41・諸善万行ことごとく:63・諸仏の護念証誠は:85・自余の九方の仏国も:33・自利利他円満して:37・神光の離相をとかざれば:14・真実信心うるひとは:59・信心歓喜慶所聞:49・信心よろこぶそのひとを:94・神力自在なることは:21・神力本願及満足:38・神力無極の阿弥陀は:32
(せ)
・誓願不思議をうたがひて:2・勢至念仏円通して:111・染香人のその身には:116・善知識にあふことも:69
(そ)
・相好ごとに百千の:44・尊者阿難座よりたち:51
(た)
・大聖易往とときたまふ:90・大聖おのおのもろともに:79・大寂定にいりたまひ:53・たとひ大千世界に:31
(ち)
・智慧の光明はかりなし:4・超日月光この身には:114
(て)
・天神地祇はことごとく:106
(と)
・道光明朗超絶せり:9
(な)
・南無阿弥陀仏をとなふれば
 ~炎魔:104~観音:108~堅牢:102~この世:99~十方:110~四天:101~他化天:105~難陀:103~梵王:100・南無不可思議光仏:56
(に)
・若不生者のちかひゆゑ:26・如来興世の本意には:54・如来すなはち涅槃なり:93・如来の光瑞希有にして:52・如来の興世にあひがたく:68
(ね)
・念仏成仏これ真宗:71・念仏のひとを摂取して:118
(ひ)
・百千供胝の劫をへて:89・平等心をうるときを:92・頻婆娑羅王勅せしめ:74
(ふ)
・仏慧功徳をほめしめて:50・仏光測量なきゆゑに:13・仏光照曜最大一:8
(ほ)
・宝林宝樹微妙音:39
(み)
・弥陀成仏のこのかたは:~へたまへり:3~ときたれど:55・弥陀釈迦方便して:78・弥陀初会の聖衆は:16
・弥陀の浄土に帰しぬれば:48・弥陀の大悲ふかければ:60・弥陀の名号となへつつ:1・妙土広大超数限:36
(む)
・無礙光仏のひかりには:~清浄:57~無数:109・無上上は真解脱:91・無明の大夜をあはれみて:87・無明の闇を破するゆゑ:11
(り)
・臨終現前の願により:62
(わ)
・われもと因地にありしとき:117

内容別検索

『冠頭和讃』
(1)    阿弥陀如来の“他力の信心”を頂いた念仏の行者
(2)    仮の念仏 自力の念仏

『讃阿弥陀仏偈和讃』
(3~20) 阿弥陀如来が成就された御姿について
(21~45)阿弥陀如来が成就された浄土・菩薩・人天などについて
(46~50)直接、「帰命の喜び」を表した歌

『大経讃』
(51~54)『仏説無量寿経』の序分
(55~56)無碍の光→菩薩行→成仏
(57~60)成仏された阿弥陀如来のおはたらきについて
(61~63)真実門に入らしめる為『仏説観無量寿経』について
(64~66)真実門に入らしめる為『仏説阿弥陀経』について
(67~72)「仮」を捨てさせる・「真実信心」の有難さ、得難さ

『観経讃』
(73~77)『仏説観無量寿経』の序分
(78~81)全人類の為、悪を転じて徳を為す縁

『弥陀経讃』
(82)   阿弥陀如来の本質
(83~85)諸仏がこれを証明
(86)   現在には念仏以外の道がない

『諸経讃』
(87・88)何故、阿弥陀如来、釈迦如来がおでましか?
(89・90)諸仏と釈迦如来が、阿弥陀如来を讃えておられる
(91~93)浄土における真の悟りの姿
(94・95)真の念仏者の姿と、疑いの者の姿

『現世利益讃』
(96・97)阿弥陀如来が説かれた『金光明経寿量品』・伝教大師の主旨
(98・99)今までずっと重ねてきた罪が軽く・むなしくない人生
(100~107)善神の擁護・悪神の畏怖
(108~110)仏と菩薩の擁護

『勢至讃』
(111~114)勢至菩薩が、敬って釈尊に申し上げた念仏の徳
(115・116)念仏の益
(117・118)勢至菩薩が、自らを無生法忍に入らしめた念仏を衆生に勧めてくださっている。
  

一一八 (浄土19三裏添・91丁裏) [和讃]

  念仏の人を摂取して
   浄土に帰せしむるなり
   大勢至菩薩の
   大恩ふかく報ずべし
 
・念仏の人:阿弥陀如来に帰順し、念仏する人
・摂取:仏がその光明の中にすべての衆生を包容すること。衆生を救い、永久に捨てることのない事。また、摂の字は、阿弥陀如来の大慈悲心に対し自分から背を向けるような者を追って行って救う。取の字は、迎えとって捨てない。という意味がある。「おさめとる。ひとたびとりて永く捨てぬなり。摂は、ものの逃ぐるを追はへとる。摂は、をさめとる。取は迎えとる。」(異本左訓)
・浄土:阿弥陀如来の西方極楽浄土
・帰せしむる:帰命の意味。帰命とは「仏の衆生を救済せんという真実の心」を絶対の依り所とする事をいう。「仰せにしががふ」(異本左訓)
帰は「よりたのむなり(依り頼むなり)」(ここでの「たのむ」は現代語に訳すと「たよる」という意味。)「帰命とは本願招喚の勅命なり」とあることから、命令。阿弥陀如来の「『私にすがりなさい』とのおさしず」に、素直に従うこと。
 「帰命は南無なり。帰命ともうすは如来の勅命にしたがひたてまつるなり。」「帰命はすなはち、釈迦弥陀二尊の勅命にしたがひて、召しにかなふと申すことばなり。」(『尊号真像銘文』)
・大勢至菩薩:勢至菩薩。阿弥陀如来の脇侍。阿弥陀如来の智慧を表す菩薩。
・大恩:大きな恩
・報ずべし:報いるべきである。念仏を勧める言葉。

一一七 (浄土19三裏・91丁表) [和讃]

  われもと因地にありしとき
   念仏の心をもちてこそ
   無生忍にはいりしかば
   いまこの娑婆界にして
 
・因地:一般的には成仏前の菩薩の位を指す。ここでは、勢至菩薩が無生法忍(真理にかない、姿や形を超えた不生不滅の真実をありのままに悟ること。忍は認識の認と同義。不退の位。)を得る前の事。
・念仏の心:阿弥陀如来に帰順し、念仏する心。
・無生忍:無生法忍の略。必ず仏となる身の事。等覚。浄土3二表に出てくる「一生補処」「大菩薩」と同じ意味。
・いりしかば:その境地、位に入った事。
・娑婆界:この世の事。娑婆とは梵語「サハ―」の音写で、「耐え忍ぶ」という意味。この世の衆生は苦しみが絶えないので、こう呼ぶ。

一一六 (浄土19三表・90丁裏) [和讃]

  染香人のその身には
   香気あるがごとくなり
   これをすなはちなづけてぞ
   香光荘厳とまうすなる
 
・染香人:仏の智慧の香りに染まった人。念仏者の事。「こうばしき香、身に染めるがごとしといふ」(異本左訓)
・香気:香り
・香光荘厳:阿弥陀如来から賜った智慧の香りと智慧の光によって、念仏者の人生が美しく飾られる事。「念仏は智慧なり。」(異本左訓)

一一五 (浄土19二裏添・90丁表) [和讃]

  子の母をおもふがごとくにて
   衆生仏を憶すれば
   現前当来とほからず
   如来を拝見うたがはず
 
・衆生:衆多(あまた)の生死を受ける者の意味。又は衆多の生類の意味。一切の生類の事。
・仏:ほとけ、覚者。ここでは阿弥陀如来の事。
・憶:憶念の事。「心に保って、常に明らかにおぼえて忘れないこと。」『唯信鈔文意』に「憶念といふは、信心まことなるひとは、本願をつねにおもひいづる心のたえずつねなるなり」とある。自律的に「記憶しているもの」程度のものではなく、「忘れていない状態」の事。「思ひまいらすとなり」
・現前当来:現前とは「現在、目の前にあること」。当来とは「当に来るべき世」という意味で、西方極楽浄土の事。
・如来:仏陀の尊称のひとつ。「如」即ち、一如より来生する意味で『教行信証』に「弥陀如来は如より来生して報応化種々の身を示現す」とある。真理に随順してこの世に来生して真理を示す人の意。宇宙の真理そのものの人格的な表現。ここでは阿弥陀如来の事。
・拝見:敬って拝み、見奉る事。凡夫の煩悩にさえられた眼には、本来、真理そのものである仏を見奉る事はできない。拝見できるという事は、それ自体が往生即成仏を表している。

一一四 (浄土19二裏・89丁裏) [和讃]

  超日月光この身には
   念仏三昧をしへしむ
   十方の如来は衆生を
   一子のごとく憐念す
 
・超日月光:超日月光佛。阿弥陀如来の尊称のひとつ。また、阿弥陀如来の光明の徳を讃えた言葉。“月日に超え勝れた光の仏”という意味。阿弥陀如来の光明の前では月も太陽も、まるで墨のように黒く見えてしまう程の光であると説かれる。
・この身:勢至菩薩の事
・念仏三昧:阿弥陀如来のみに心をかけ、一心一向に佛の名号を称え、他の修行をしない事。
・をしえしむ:教えられた
・十方:方角の四方八方に上下を加えたもの。全ての世界という意味。
・如来:仏陀の尊称のひとつ。「如」即ち、一如より来生する意味で『教行信証』に「弥陀如来は如より来生して報応化種々の身を示現す」とある。真理に随順してこの世に来生して真理を示す人の意。宇宙の真理そのものの人格的な表現。
・衆生:衆多(あまた)の生死を受ける者の意味。又は衆多の生類の意味。一切の生類の事。
・一子:ひとり子
・憐念:憐れみ念じる

一一三 (浄土19二表・89丁表) [和讃]

  十二の如来あひつぎて
   十二劫をへたまへり
   最後の如来をなづけてぞ
   超日月光とまうしける
  
・十二の如来:阿弥陀如来の十二の光明の徳を表す。同時に阿弥陀如来の尊称でもある。
①無量光:量り知ることのできない広大な光
②無辺光:際限のない光
③無礙光:なにものにも妨げられない光
④無対光:比べるものが無い光
⑤炎光王光:最高の輝きをもつ光
⑥清浄光:衆生のむさぼり(貪欲)を除く清らかな光
⑦歓喜光:衆生のいかり(瞋恚)を除き喜びを与える光
⑧智慧光:衆生のまどい(愚痴)を破り智慧を与える光
⑨不断光:常に照らす光
⑩難思光:思い計らう事ができない光
⑪無称光:語り尽くす事ができない光
⑫超日月光:日月に超え勝れた光
・十二劫:「劫」天女が三年に一回、天より降りては、その羽衣で四十里四方の石を撫で、その石が磨滅するまでの時間を一劫とする。同時に「劫」自体がサンスクリット音訳・劫波の略語であり、これは、意訳で「長時」と訳すので、この言葉自体が、想像も及ばない長い時間という意味を持つ。この十二倍。『尊号真像銘文』に一劫に一佛が現れると説かれ、勢至菩薩はこの十二劫の最後の如来、超日月光佛より「念仏三昧」の法を、授かったと説かれる。
・最後の如来:阿弥陀如来が十二劫の間、様々な徳をもった光の仏として現れ、その十二劫目に現れた徳のおすがた。
・超日月光:超日月光佛。阿弥陀如来の尊称のひとつ。また、阿弥陀如来の光明の徳を讃えた言葉。“月日に超え勝れた光の仏”という意味。阿弥陀如来の光明の前では月も太陽も、まるで墨のように黒く見えてしまう程の光であると説かれる。

一一二 (浄土19初裏・88丁裏) [和讃]

  教主世尊にまうさしむ
   往昔恒河沙劫に
   仏世にいでたまへりき
   無量光とまうしけり
 
・教主:教えを垂れたまう主。即ち仏陀の事。この世の教主は釈尊。西方浄土の教主は阿弥陀如来。他の世界にもそれぞれ教主の仏が存在する。
・世尊:仏陀の尊称のひとつ。「世に於ける最も尊い方」という意味。
・往昔恒河沙劫:「往昔」過ぎさった昔、過去。「恒河沙」ガンジス川の砂の数。「劫」天女が三年に一回、天より降りては、その羽衣で四十里四方の石を撫で、その石が磨滅するまでの時間を1劫とする。同時に「劫」自体がサンスクリット音訳・劫波の略語であり、これは、意訳で「長時」と訳すので、この言葉自体が、想像も及ばない長い時間という意味を持つ。したがって、「無限の長い時間の無限倍の時間のはるか昔」という意味。
・仏、世にいでたまへりき:仏がお出ましになられた。
・無量光:量り知ることのできない広大な光
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